私の乳がん記録と日々の生活

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自家組織再建、穿通枝皮弁法による乳房再建手術後1日目、硬膜外麻酔の副作用がえげつな過ぎた件。

乳房再建手術後1日目

 

自家組織乳房再建手術から一夜明けた翌朝。

まっぱだかでバスタオルをかけて寝ていたわたし、

さすがに夜中は寒くて布団を身体にかけたかったのだが、

管だらけだし、動くとお腹は痛いし思うように動けず布団をかけるのに一苦労だった。

 

なぜまっぱだか?と思われたでしょうそうでしょう(笑)

昨日の手術のあと病室に帰って来た時に、

看護師さんが背中の下敷きになっていた手術着に手を通そうとしてくれたのだが、

起き上がるのも動くのも辛かったので、

とりあえずバスタオルかけときましょうか、と言う事になりそのままだったのだ。

 

寝る際に暑かったので布団は足元までめくってあったのだが、

夜中に寒くなり足を駆使して必死こいて身体にかけたというわけ。

 

この季節の昼間と夜の寒暖の差はあなどれないな、

まあ暑いのはホットフラッシュのせいもあるのだけどね。

 

午前中に看護師さんが着替えさせに来てくれてとりあえずまっぱだかは終了。

 

朝食も昼食もベッドを起こして座って少し食べることが出来たし、

午後15時過ぎくらいまでは普通に過ごしていたのだが・・・。

 

面会時間の15時になって母と妹と私の長女が来てくれた。

丁度ベッドを起こして座っていたので妹に「えっ、もう座っても大丈夫なん?!」と驚かれたりして、

いやいや、まだまだ全然動くとお腹は痛いし、

ベッドを起こして座る姿勢になるまでに一苦労だし、

まったく平気ではないのだが、寝たきりで1ミリも動けないっていうことはない。

いや~ほんとに人間の身体ってすごい。

 

こんな結構な傷でも動けるんだな~、

まあ、硬膜外麻酔で痛みはコントロールされているんだけど。

 

硬膜外麻酔の副作用

 

その硬膜外麻酔でこの日、死ぬかも知れないくらいの辛さを味わったわたし・・・。

(この記事は後日書いている)

 

そう、母と妹と娘が来てくれた15時過ぎにはまだベッドを起こして座っていたのだ。

元気そうで良かった~、などと言われつつ皆で話をしているうちになんだかだんだん気分が悪くなってきた。

気分が悪いというかしんどいというか、とにかく身体を起こしていられなくなりベッドに横になる。

 

しばらく横になっていたけど、我慢できなくなり看護師さんを呼ぶ。(妹にコールを押してもらった。)

しゃべるのも億劫になっていたので、妹に「気分が悪いみたいなんですけど。」と説明してもらって、

その後、看護師さんに吐き気止めの注射をしてもらったのだが、全く回復する気配はない。

 

それどころか汗だくになるほど汗が出てきて(ホットフラッシュなのか気分の悪さによる脂汗的なものなのかよくわからない)

もう気分が悪いとか吐き気がするとかのレベルではなく、ああ死ぬときってきっとこんなカンジってくらいの状態。

 

身体(胴体部分)がぺったり平らになっている感じがする(3センチくらい)。

上から押さえつけられているような、下へ沈んでいっているようななんとも言えない感触で大汗をかき、

意識は朦朧としている。

ベッドのまわりで母と妹と娘が話しているのが遠くに感じる、

遠くに感じるのだが話し声が身体に響いてツライ。

 

身体も熱くなってきて38.9分まで体温も上がり、朦朧とした意識の中で時間が過ぎるのをやたらゆっくり感じた。

 

 

家族が帰った19時ごろ担当医が来てくれて、おそらく麻酔の副作用なので硬膜外麻酔を止めようということになった。

だが、麻酔を止めるとお腹の傷の痛みがどんなものになるのかわからなかったので、

「せんせい~痛いのはヤです~~( ノД`)・・・」と言ってみたのだが、

どうしても傷が痛ければまたすぐ麻酔を入れることは出来るからとのことで硬膜外麻酔を止めてもらった。

(麻酔を止めると言ってもとりあえず流れてる薬を止めるだけで、背中から入っている針を今抜くわけではないので。)

 

そして5時間程が経過、

夜中過ぎにようやく少しましな感じになってきて、地獄の底から光明が見えた気がしたね。

その後どうにか眠れて翌朝にはさらにもう少しましになっていた。

 

いやもう今思い出しても(この記事は後日書いております。)あれはヤバかったわ。

50年間生きてきた中で一番つらかったと思う。

最初の乳がん切除、エキスパンダー挿入の時も胸に鉄板が入ってるのか!!!

と思うくらいだったけども、あれは部分的な痛みだったからな・・・。

とにかく今回は痛いとかそういうのではなくて、泥の底にペッタリ身体がくっついているような、

本当になんとも形容しがたいつらさだった。

 

翌朝目が覚めた時は、なんだか今ここにこうしていられることに本当に感謝したわ。

 

どんなにつらくても、明けない夜はないのだなとあらためて思った日。

 

 

※「えげつない」というのは関西の方言で、「ひどい」とか「とんでもない」とかのニュアンスで使う。

 

再建した胸の血流チェック

 

手術終了(21時)後、昨日0時より再建した胸の血流チェックあり。

繋いだ血管にきちんと血が流れているかどうかこれから1週間は4時間おきにチェックするそうで、

48時間順調だとちょっと一安心、1週間経過するともう一安心とのことだ。

 

だいたい明け方5時くらいにドレーンの廃液処置もあるので、

夜中から明け方にかけて寝ていても3回ほど目が覚める感じ。

 

☆記録☆

AM0:00(血流チェック第一回目)昨晩手術後

AM4:00(血流チェック2回目)

AM5:00(ドレーン廃液処理)

AM8:00(血流チェック3回目)

PM12:00(血流チェック4回目)

PM4:00(血流チェック5回目)

PM8:00(血流チェック6回目)

AM0:00(血流チェック7回目)

 

 

2019-10-11-Flyday

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